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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)2381号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人甲野太郎は、東京都港区高輪〈住所省略〉に高輪版画工房の名称で版画工房を設け、銅版画の製作、販売等を行っていたものであるが、かつて日本画家平山郁夫の許諾のもとに、同人が創作し著作権を有する日本画「シリア砂漠の夕」及び同「北京の夕」の複製銅版画を製作した際、右製作に使用した色版と通称される銅版などをその後も引き続き保有していたことを奇貨として、ほしいままに、右各日本画の複製銅版画を製作して販売しようと企て

第一  法定の除外事由がなく、かつ前記平山郁夫の許諾を受けていないのに

一  昭和六〇年一二月上旬ころ、前記版画工房において、右日本画「シリア砂漠の夕」の複製銅版画の製作に必要な主版と通称される銅版を作成したうえ、そのころから昭和六二年一月下旬ころまでの間、同所において、右主版及び色版を用いて、右「シリア砂漠の夕」の複製銅版画一八六点を製作してこれを複製し

二  昭和六一年五月下旬ころ、前記版画工房において、前記日本画「北京の夕」の複製銅版画の製作に必要な主版と通称される銅版を作成したうえ、そのころから、同年八月下旬ころまでの間、同所において、右主版及び色版を用いて、右「北京の夕」の複製銅版画四〇点を製作してこれを複製し

もって前記平山郁夫の著作権を侵害し

第二  行使の目的をもって、ほしいままに

一  昭和六〇年一二月上旬ころから昭和六二年一月上旬ころまでの間、前記版画工房において、かねて勝手に作成保有していた「郁夫」と刻した前記平山郁夫の印鑑を前記第一の一記載の複製銅版画「シリア砂漠の夕」の一八六点にそれぞれ冒捺してその印影を顕出し

二  昭和六一年五月下旬ころから同年八月下旬ころまでの間、前記版画工房において、前記印鑑を前記第一の二記載の複製銅版画「北京の夕」四〇点にそれぞれ冒捺してその印影を顕出し

もって前記平山郁夫の印章を偽造したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の一、二の所為はそれぞれ包括して著作権法一一九条一号に、判示第二の一、二の所為はそれぞれ包括して刑法一六七条一項に該当するところ、判示第一の一、二についていずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示第二の一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

本件は、かつて日本画家平山郁夫の許諾のもとに、同画伯が製作し著作権を有する日本画「シリア砂漠の夕」や同「北京の夕」等同画伯の描いた日本画の複製銅版画集の製作を数次にわたって担当してきた被告人が、製作に使用した「色版」と通称される銅版などをその後も引き続き保有していたことを奇貨として、長年にわたって培ってきた版画家としての知識と経験を悪用し、著作権者である同画伯の許諾を得ないまま、日本画「シリア砂漠の夕」(一八六点)と同「北京の夕」(四〇点)のいわゆる不許複製銅版画合計二二六点を製作し、また右不許複製銅版画にかねて被告人が勝手に作成した「郁夫」と刻した印鑑を冒捺して印影を顕出したという著作権法違反及び私印偽造の事案であるが、被告人は、前記平山画伯の許諾を受けた複製銅版画集の製作により多額の収入が得られるようになると享楽的な生活を送るようになり、また、株式の信用取引にも手を出して多額の損失を発生させるなどして経済的に困窮し本件犯行に及んだもので、その犯行の動機、経緯に酌むべきところはなく、その犯行も長期間、継続的に累行されており、その多くが社会内に流入してしまっていて未だ回収未了であること、本件によって得た収入も遊興費等に費消してしまったこと、平山画伯の宥恕も得られていないことや本件犯行の罪質などを総合勘案すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑責は重いといわなければならない。

弁護人は、被告人が過去に手がけた平山画伯の日本画の複製銅版画の製作形態やこれを企画した新聞社の姿勢に疑問を呈しているが、弁護人の指摘するところが直ちに被告人の刑責を軽減することにはならないと言うべきである。

たしかに、被告人は、過去長年にわたり、平山画伯の許諾のもと、同画伯の日本画の複製銅版画の製作に専念してきたこと、本件発覚後はその犯行の重大性を悟り、同画伯を訪ねて謝罪し、本件不許複製銅版画の回収は不十分ではあるが、その回収方につき被告人なりに努力してきたこと、版画家としての生活を止め、姉の義父のもとで再出発する旨誓っていること、これまで身体障害児のためのボランティア活動を通じて地域社会に貢献してきたこと、本件が報道されたことにより社会的制裁も受けたこと、道路交通法違反による罰金前科のほかに前科や犯歴のないこと、未決勾留日数も相当日数に及んでいることなど被告人のために有利な又は同情すべき事情も認められる。

しかしながら、前記本件の重大性に鑑みると、本件は被告人に対し刑の執行を猶予すべき事案とは認められず、右被告人の為に酌むべき諸事情は、刑期の点で考慮するのが相当であると判断し、主文掲記の刑を量定した次第である。

(求刑 懲役二年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官中野久利)

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